平等院“復興”の軌跡 6月まで特別展 (ミュージアム鳳翔館)


《城南新報2018年4月14日付紙面より》
 
 宇治市宇治蓮華の平等院ミュージアム鳳翔館で、特別展「不動明王―激動の時代を見守った仏」が始まった。平等院境内で現在修繕中である鎌倉期の観音堂(重要文化財)に安置されている不動三尊像を鳳翔館では初公開。不動の脇侍である2つの童子像が、荒廃した平等院の護持へ多宗派の僧侶が奔走した江戸初期に造像されたことが判明し、先人の〝復興〟の軌跡をたどる。
 
 不動三尊像(市指定文化財)は、中尊の不動明王像(像高88・5㌢)と、その脇侍の矜羯羅童子(こんがらどうじ=同41・7㌢)、制迦童子(せいたかどうじ=同38・9㌢)の2つの童子像から成る。ヒノキ造。鳳凰堂北東にある観音堂(鎌倉初期)に安置されている。
 不動明王像は彫り方や形から平安時代後期頃の作とみられる。
 一方、2つの童子像はこれまでに、造形の特徴から江戸時代の作品であることは分かっていた。2015年の修理時に造立に関する墨書が見つかり、江戸初期の1646年(正保3)年に腕利きの人気仏師・右京が制作したものと判明した。
 右京は相国寺や龍安寺、大徳寺、妙心寺など臨済宗寺院、真言宗醍醐寺といった大寺院や有力公家に優れた作品を残している。誰が右京に制作を依頼し、平安時代の不動明王に2童子を添えて三尊形式でまつったのか、その経緯は不明。江戸初期の当代は、浄土宗・真言宗・天台宗などの僧侶が荒廃した平等院の復興へ奔走した時代だったといい、同院は「その実態をうかがい知る重要な発見」としている。
 特別展ではこのほか、観音堂の本尊・十一面観音立像をまつっていた厨子の金箔地に極彩色で描かれた扉絵、同院境内の古図なども紹介する。1999年に観音堂から搬出後、修理を経て鳳翔館で常時公開されている十一面観音像と地蔵菩薩立像を交え、堂の仏が会するのは約20年ぶりという。
 5月16日に展示替えし、延べ20件並べる。6月29日(金)まで。同院拝観料が必要。
 

鳳翔館では初公開となった観音堂の不動三尊像
鳳翔館では初公開となった観音堂の不動三尊像