中国「恩格貝」に果樹園計画 第23次隊帰国、成果報告 (緑の協力隊・関西澤井隊)


《城南新報2018年6月1日付紙面より》
 

活動の原点・恩格貝で植林意欲を高める第23次隊のメンバー
活動の原点・恩格貝で植林意欲を高める第23次隊のメンバー

世界の人々に植林だけでなく「木を植え育てる心」の大切さを訴える実践隊『N.GKS(エヌ・ジクス)』=緑の協力隊・関西澤井隊=の第23次隊・中国内モンゴル植林隊(隊長=山崎健一郎副代表、22人)が、このほど帰国。活動の原点・中国クブチ沙漠「恩格貝(おんかくばい)」地区の植林成果や現地での新たな果樹園「N.GKS灌木の森」造成計画などについて31日、記者会見した。
 
 出発前、澤井敏郎代表(86)=城陽市寺田=は自身〝ラスト参加〟を宣言して臨んだ第23次隊だった。しかし、ナツメの苗木1000本を現地の農場主・王明海氏に依頼して植林。果樹園を造成し「3~5年で収穫できる」と聞き、意向を撤回。「ナツメを食べに行くのを、人生の楽しみにする。車いすに乗ってでも、また行きたい」と、リーダーは笑顔で話した。
 日本人による沙漠緑化の原点と言われる恩格貝地区は、もともと鳥取大学名誉教授を務めた故・遠山正瑛氏(2004年死去・享年97歳)の呼び掛けで植林が始められた。
 澤井代表は、その遠山氏の理念や行動に共鳴。長年、勤めた住宅関連メーカーを退職後、1993年から遠山氏らと中国内モンゴル・クブチ沙漠の緑化活動に加わり、数回にわたって活動をともにした。
 当時、関西地区とくに京都府からの参加者が少なかったことから、自ら「NGO関西澤井隊」を立ち上げ、99年4月に第1次隊37人がポプラ苗木1300本を植え付けた。
 その後、活動の場は、恩格貝地区にとどまらず、モンゴル、ブラジルそして東マレーシア「ボルネオ島」などに広がり、沙漠緑化や熱帯雨林再生活動を展開。今回の第23次隊で、延べ460人の隊員が各国へ赴き、約1万5000本の植林と育林活動に努めたことになる。
 恩格貝地区10回目の活動となった第23次隊には、22歳から最年長の澤井代表まで22人が参加。平均年齢はちょうど70歳となった。
 今回は、沙漠に深さ1・2㍍の穴を掘って、高さ2㍍ほどのポプラとヤナギの苗木各40本を植え付けたという。
 クブチ沙漠の広さは約2万平方㌔㍍、日本に例えれば四国と同じぐらい。そのうち「N.GKS」のメンバーが心血を注いで植林した「恩格貝緑化示範区」は1%の200平方㌔㍍だが、宇治・城陽市域を合わせた面積に相当する。
 この地は、今や最大20㍍の木々が生い茂り、観光地や農耕地となっており、急きょ農場主の王明海氏から『N.GKS灌木の森』造成計画が提案された。
 まずは、中国原産で古くから食用だけでなく、薬用としても親しまれる「ナツメ」の苗木1000本を植え付けることになり、澤井代表と「N.GKS会員一同」で10万円ずつ出し合い、20万円の費用を王氏に託したという。
 現場を見た感想として澤井代表は「現地に自生する苗木を植えて、人の手で沙漠の砂の動きを止めることが活動の基本」と話し、「農作物が栽培できる環境ができたことは成果だが、今後30~50年は木を植えて育てる心を忘れないようにしてもらわないと、また同じように沙漠化してしまう」と警鐘を鳴らした。
 記者説明の場には今回、隊長を務めた山崎副代表(73)や津田實幹事(84)=宇治市南陵町=も同席し、沙漠緑化の意義をアピールした。
 なお、帰国後には、王氏から澤井代表宛の手紙が届き、市国際交流協会に翻訳を依頼。その内容は「澤井先生は(故・遠山氏が呼び掛けた)日本沙漠緑化協会に最も早くから携わり、実践していただいた方。何十年もかけて、この恩格貝の緑化事業に力を注いでいただいていることに感動しています。また、恩格貝で再開できることを願っています」などと記されていた。
 

「N.GKS灌木の森」造成計画を話し合う王氏と澤井代表ら
「N.GKS灌木の森」造成計画を話し合う王氏と澤井代表ら